はじめに
令和6年度(2024年度)の介護保険制度および介護報酬の改定は、急速な高齢化と生産年齢人口の減少という日本の人口動態の変化に対応し、介護サービスの持続可能性と質の維持・向上を目指すものです
令和6年度人員基準見直しの概要
今回の人員基準見直しは、深刻化する人材不足への対応と質の高いサービス提供の維持を主眼としています
主な変更領域:
- テクノロジー活用: ICT機器や介護ロボット、見守りセンサー導入を前提とした夜勤体制の緩和や、生産性向上への取り組みを評価する新たな加算制度が創設されました
。 - 両立支援: 短時間勤務制度を利用する職員について、一定条件下で常勤として扱うなど、人員算定における配慮がなされました
。 - 管理者要件: 管理者の責務を明確化し、兼務可能な事業所の範囲が拡大されました
。 - テレワーク: 対象職種や業務、実施要件が明確化され、正式に位置づけられました
。 - ローカルルール: 国の基準との整合性や必要性の説明責任が求められるようになりました
。 - 外国人材: EPA介護福祉士候補者や技能実習生について、早期から人員配置基準への算入が可能となるよう見直されました
。
これらの改定内容は、厚生労働省の省令や関連通知、Q&A等で詳細が定められています
人員基準調整による業務効率化の推進
テクノロジーの活用、管理者兼務の柔軟化、多様な働き方への配慮が重要な柱となっています。
A. テクノロジー(ICT、介護ロボット、見守り機器)の活用
- 夜勤人員配置基準の緩和: 特定の施設サービスにおいて、テクノロジー活用を条件に夜勤職員の配置基準が緩和されました
。緩和には、見守り機器の全居室設置、ICT機器の全夜勤職員使用、安全・質確保のための委員会設置と検討、個別ケアの継続、多職種連携による状態確認、事故・ヒヤリハット分析、職員負担の確認と改善、緊急時対応体制、機器の保守・研修、最低配置人数の確保といった厳格な要件を満たす必要があります 。 - 生産性向上推進体制加算の新設: テクノロジー導入を含む生産性向上の取り組みを評価する加算が新設されました
。加算(II)は基本的な取り組みを、加算(I)はデータに基づいた成果や介護助手活用など、より包括的な取り組みを評価します 。 - 特定施設における人員配置基準の特例的柔軟化: 生産性向上に先進的に取り組む特定施設では、看護・介護職員の配置基準が緩和される可能性があります
。 - テクノロジー導入支援: 国や自治体による導入補助金制度が存在します
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これらの措置は、テクノロジーを有効活用した質の高いケアモデルへの移行を国が後押ししていることを示しています
B. 管理者の兼務範囲の拡大と明確化
管理者の責務が改めて明確化されるとともに、同一敷地内にない他の事業所・施設等との兼務も、管理者が責務を果たせる限りにおいて可能となりました
C. その他の効率化関連措置
- 人員配置基準における両立支援への配慮: 育児・介護休業法等に基づく短時間勤務制度などを利用する職員(週30時間以上勤務)を「常勤」として扱えるようになりました
。 - 外国人介護人材の配置基準上の取り扱い: 一定条件下で、就労開始直後から人員配置基準への算入が可能となりました
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介護業務におけるテレワークの導入
利用者の処遇に支障がなく、個人情報が適切に管理されていることを前提に、テレワークの実施可能な職種や業務、留意事項が明確化されました
A. テレワークが可能な職種・業務と実施要件
厚生労働省の通知では、管理者、介護支援専門員、計画作成担当者、介護職員・看護職員、リハビリ専門職、機能訓練指導員、管理栄養士・栄養士、福祉用具専門相談員、生活相談員・支援相談員といった職種ごとに、テレワークが可能な主な業務、原則不可または慎重な判断を要する業務、主な留意点が示されています
実施には、情報セキュリティ対策、円滑なコミュニケーション体制、緊急時対応フローの策定、適切な労務管理、業務負担への配慮、利用者・家族への説明が必須です
B. テレワークと人員配置基準の算定
- 基準人員を超える配置の場合: 超過分についてはテレワークを行っても基準上の問題はありません
。 - 基準人員の範囲内の場合: 利用者の処遇に支障がない範囲であれば、業務の一部をテレワークで行うことが可能です
。 - 基準で具体的な必要数が定められていない職種: 個人情報の適切な管理と職責の遂行が可能であれば、テレワークの実施は人員配置基準上問題ありません
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テレワークの導入は、ICT環境の整備や柔軟な管理体制と連携することで、より効果を発揮すると考えられます
令和6年度改定におけるローカルルールの取り扱い
国が定める基準に加え、都道府県や市町村が定める独自の「ローカルルール」が存在します
A. ローカルルールの現状
人員配置基準の解釈、設備基準、運営手続きなど多岐にわたり、地域間の解釈や運用の差異を生むことがありました
B. 令和6年度改定におけるローカルルールへの対応方針
厚生労働省から、ローカルルールの運用に関する明確な方針が示されました
- 国基準との整合性と必要性の説明責任: 自治体は、ローカルルールについて事業者から説明を求められた場合、その必要性を具体的に説明することが求められました
。 - 管理者の兼務に関する具体的指摘: 個別の事業所の実態を踏まえずに一律に管理者の兼務を認めないローカルルールは適切でないと指摘されました
。 - 目指す方向性:透明性と合理化: ローカルルールの設定・運用における透明性と合理性を求めるものです
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これにより、事業者にとっては地域ごとに異なる運用に翻弄されるリスクが低減し、より公平な競争環境や効率的な事業運営につながる可能性があります
総合考察:業務効率化、テレワーク、ローカルルールの相互作用
これらの見直しは相互に関連し合い、介護現場の変革を促すものです
- テクノロジー活用を核とした連携: テクノロジー活用は、人員配置緩和や加算取得だけでなく、テレワークの実効性を高める基盤となります
。 - 柔軟な管理体制の重要性: 管理者の兼務範囲拡大やローカルルールの合理化は、事業運営の自由度を高め、新たな取り組みを進めやすくします
。 - 多様な働き方の支援: 両立支援策やテレワーク導入は、介護人材の確保・定着に不可欠です
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令和6年度改定における主な人員算定上の変更点(表)
対象職員 | 変更内容 | 算定上の扱い | 関連セクション | 根拠例 |
短時間勤務職員(育児・介護・治療両立) | 週30時間以上勤務 | 「常勤」として扱い可、「常勤換算」で1として計算可 | III.C | 1 |
外国人介護人材(EPA候補者、技能実習生) | 一定要件(チームケア、安全体制等)を満たし、事業者が判断した場合 | 就労開始直後から人員配置基準に算入可 | III.C | 22 |
テレワーク実施職員(基準人員超過分) | 基準で定められた必要数を上回る部分 | テレワーク実施可(基準算定に影響なし) | IV.B | 14 |
テレワーク実施職員(基準人員範囲内) | 基準上の必要人員に含まれる部分 | 利用者の処遇に支障がない範囲で業務の一部をテレワーク実施可(職種・業務による) | IV.B | 14 |
テレワーク実施職員(基準で具体的必要数なし) | 事務職等 | 職責を果たせる範囲でテレワーク実施可 | IV.B | 14 |
全体として、テクノロジーの積極的な導入を促し、効率性を人員配置の柔軟化や多様な働き方の実現につなげる方向性を示しています
事業者への戦略的推奨事項
- テクノロジー導入の戦略的評価と投資: 多角的な視点から導入効果を評価し、戦略的な投資計画を策定することが重要です
。補助金制度の活用も検討すべきです 。 - 業務プロセス・役割分担の見直し: テクノロジー導入を前提とした業務フローの見直しや、介護助手等の活用によるタスクシフティング・タスクシェアリングを検討すべきです
。 - テレワーク導入に向けた規程整備と環境構築: 厚生労働省の通知を踏まえ、内部規程を整備し、必要なICT環境を整備する必要があります
。 - 管理者・職員への研修と意識改革: 管理者や職員全体への適切な研修機会の提供と意識改革が必要です
。 - ローカルルールの確認と対話: 国の基準や方針との整合性に疑義がある場合、自治体に説明を求め、対話を通じて合理的な運用を働きかけることが有効です
。 - 両立支援制度の積極的活用: 週30時間以上の短時間勤務者を常勤として算定できる規定を活用し、人材確保・定着と人員基準充足の両立を図るべきです
。 - データに基づいた運営管理体制の強化: 業務改善の効果をデータで示すことが必須となるため、継続的に測定・分析・評価する体制を構築することが重要になります
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これらの推奨事項は、介護現場の働きがい向上、サービス品質向上、事業の持続可能性確保に繋がる取り組みです