共生社会の実現に向けて:日本の認知症基本法と2024年度介護保険制度への展開

1. はじめに:日本の認知症施策における新たな夜明け – 認知症基本法

本報告書は、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、認知症基本法)について、その2023年6月の成立、核心となる理念、そして2024年度からの介護保険制度改正における具体的な反映を専門的見地から分析することを目的とする。

認知症基本法(法律第五〇五号) 1 は、2023年6月14日に成立し 2、2024年1月1日に施行された 4。この法律は、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができる「共生社会」の実現を目指し、日本の認知症施策を根本から再構築する画期的なものである 1

この法律の制定は、単なる行政指針の策定を超え、認知症に対する社会全体の認識を転換させる「新しい認知症観」に基づいている点が極めて重要である。従来の認知症を単なる能力低下と捉える見方 7 とは異なり、この「新しい認知症観」は、認知症の人々が有する継続的な主体性、社会参加の可能性、そして固有の尊厳を強調する。認知症基本法が掲げる基本的人権の尊重、社会参加の機会確保、障壁の除去といった基本理念 1 は、この新しい視点を明確に反映している。2019年の認知症施策推進大綱策定時に、当初の「予防」重視案が批判を受け、「共生」を優先する形に修正された経緯 2 も、この「新しい認知症観」への社会的な移行を示す象徴的な出来事であった。本報告書では、この「新しい認知症観」が、法制度から具体的な介護サービスに至るまで、どのように影響を与えているかを明らかにする。

以下、本報告書では、認知症基本法の成立背景、その核心的な内容、そして具体的な政策展開としての認知症施策推進基本計画、さらには2024年度介護保険制度改正における具体的な反映について詳述する。

2. 法制化への道:認知症基本法成立に至る社会的変化と政策の進化

認知症基本法の成立は、一朝一夕になされたものではなく、長年にわたる当事者や家族による活動、そして国内外の政策動向が複雑に絡み合いながら進展した結果である。

2.1. 日本における認知症アドボカシーの歴史的背景

1980年代には、家族会を中心とした活動が認知症への社会の関心を喚起した。特に1980年に京都で結成された「呆け老人をかかえる家族の会」は、「ボケても心は生きている」という言葉を掲げ、認知症の人の人間としての尊厳を訴え、その後の共生社会実現に向けた動きの礎を築いた 2

2010年代に入ると、認知症の早期診断が可能になる一方で、診断後の支援体制の不備から「早期絶望」を訴える若年性認知症の人など、当事者自身が声を上げる動きが活発化した 2。2014年の日本認知症本人ワーキンググループ(JDG)の発足は、当事者主体の活動が本格化する上で重要な転換点となった 2

2.2. 国の認知症政策の変遷

日本の認知症施策は、国際的な動向とも連動して進められてきた。2013年の英国ロンドンでのG8認知症サミットや、その後の国際会議(2014年東京、2017年ADI京都大会など)は、国内外の政策推進に大きな影響を与えた 2

国内では、2015年に「認知症施策推進総合戦略」(新オレンジプラン)が策定され、「認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指す」との方針が示された 2。続く2019年には「認知症施策推進大綱」が取りまとめられたが、当初案の「予防と共生」という表現、特に予防に関する数値目標が、当事者や家族から「現在の認知症の人を否定しかねない」との批判を招き、最終的に「共生と予防」へと語順が変更された経緯がある 2。この議論は、「新しい認知症観」が政策決定過程においても無視できない力を持つようになったことを示している。

2.3. 認知症基本法の立法プロセス

2021年には、超党派の国会議員による「共生社会の実現に向けた認知症施策推進議員連盟」が発足し、認知症の人やその家族も議論に参画しながら法案作成が進められた 7。このような当事者参加型の立法プロセスは、従来の政策決定とは一線を画すものであった。その結果、認知症基本法案は2023年6月14日に全会一致で可決・成立した 2

法の正式名称に「推進する」という文言が盛り込まれた点も重要である。「共生社会の実現」が未だ道半ばであり、認知症の人々と共にそれを「推進していく」という決意が込められていると解釈できる 2

2.4. 哲学的基盤

認知症基本法の根底には、障害者基本法などにも通じる「ノーマライゼーション」の理念がある。これは、認知症のある人を排除せず、ある人もない人も同等に生活できる社会こそが正常な社会であるという考え方である 8。また、障害者権利運動から生まれた「私たちのことを、私たち抜きで決めないで(Nothing About Us, Without Us)」という原則も、認知症当事者によるアドボカシー活動に取り入れられ、法の精神に影響を与えた 7

この立法過程における当事者参画の重視は、特筆すべき点である。認知症の人や家族の声が丹念に聴き取られ、政策に反映されたことは 2、法律そのものが当事者の意見聴取を基本計画策定の要件としていること 6 とも呼応する。このような「共作(co-production)」とも言える政策形成アプローチは、政策の実効性と受容性を高める上で極めて有効であり、今後の社会福祉政策における重要な潮流となる可能性を秘めている。

3. 認知症基本法の解剖:共生社会のための核心的原則

認知症基本法は、共生社会の実現に向けた包括的な法的枠組みを提示している。

3.1. 正式名称と目的(第1条)

法律の正式名称は「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」である 1。その目的は、認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会(=共生社会)の実現を推進すること、そして、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう、認知症施策を総合的かつ計画的に推進することにある 4

3.2. 基本理念(第3条)

本法は、以下の7つの基本理念を掲げている 1

  1. 基本的人権の享有と意思の尊重:全ての認知症の人が、基本的人権を享有する個人として、自らの意思によって日常生活及び社会生活を営むことができるようにすること。
  2. 国民の理解の増進:国民が、共生社会の実現を推進するために必要な認知症に関する正しい知識及び認知症の人に関する正しい理解を深めることができるようにすること。
  3. 障壁の除去と社会参加の機会確保:認知症の人にとって日常生活・社会生活上の障壁を除去し、全ての認知症の人が社会の対等な構成員として地域で安全・安心に自立した日常生活を営み、意見表明や社会活動への参画機会を通じて個性と能力を発揮できるようにすること 5
  4. 良質かつ適切なサービスの切れ目ない提供:認知症の人の意向を十分に尊重しつつ、良質かつ適切な保健医療サービス及び福祉サービスが切れ目なく提供されること。
  5. 家族等への支援:認知症の人だけでなく家族等への支援により、認知症の人及び家族等が地域で安心して日常生活を営むことができるようにすること。
  6. 研究等の推進と成果の享受:共生社会に資する研究等を推進し、予防、診断、治療、リハビリ、介護方法、社会参加の在り方等に関する科学的知見に基づく研究成果を広く国民が享受できる環境を整備すること 5
  7. 分野横断的な総合的取組:教育、地域づくり、雇用、保健、医療、福祉等の各関連分野における総合的な取組として行われること。

3.3. 責務

本法は、国、地方公共団体、国民、そして関連事業者等の責務を定めている。

  • 国の責務:基本理念にのっとり、認知症施策を総合的かつ計画的に策定・実施する 1
  • 地方公共団体の責務:基本理念にのっとり、国との適切な役割分担を踏まえ、地域の状況に応じた認知症施策を総合的かつ計画的に策定・実施する 1
  • 国民の責務:認知症に関する正しい知識と理解を深め、共生社会の実現に寄与するよう努める 1
  • その他:保健医療・福祉サービス提供事業者、生活基盤サービス提供事業者の責務も規定されている 6

3.4. 基本的施策

本法は、以下の8つの柱を中心とする基本的施策を定めている 6

  1. 認知症の人に関する国民の理解の増進等
  2. 認知症の人の生活におけるバリアフリー化の推進
  3. 認知症の人の社会参加の機会の確保等(若年性認知症を含む)
  4. 認知症の人の意思決定の支援及び権利利益の保護
  5. 保健医療サービス及び福祉サービスの提供体制の整備等
  6. 相談体制の整備等(孤立防止)
  7. 研究等の推進等
  8. 認知症の予防等(科学的知見に基づき希望する者が取り組めるように) このほか、施策策定に必要な調査の実施、多様な主体の連携、地方公共団体への支援、国際協力も含まれる 6

3.5. 認知症の日及び認知症月間

国民の間に広く認知症についての関心と理解を深めるため、認知症の日及び認知症月間を設けることが定められている 1

表1:認知症基本法の主要条項

条項区分

内容の要約

関連条文(推定)

目的

共生社会の実現推進、認知症の人の尊厳と希望の保持、施策の総合的・計画的推進

第1条

基本理念

第3条

1. 人権・意思尊重

基本的人権を享有する個人として自らの意思による生活

第3条第1号

2. 国民理解増進

共生社会推進に必要な正しい知識・理解の深化

第3条第2号

3. 障壁除去・参加確保

生活上の障壁除去、地域での安全・安心な自立生活、意見表明・社会参加機会の確保

第3条第3号

4. サービス提供

意向尊重の上での良質かつ適切な保健医療・福祉サービスの切れ目ない提供

第3条第4号

5. 家族等支援

認知症の人及び家族等が地域で安心して生活できるための支援

第3条第5号

6. 研究推進・成果享受

共生社会に資する研究推進、予防・診断・治療・リハビリ・介護方法・社会参加等に関する科学的知見に基づく成果の国民による享受環境整備

第3条第6号

7. 分野横断的取組

教育、地域づくり、雇用、保健、医療、福祉等の各関連分野における総合的取組

第3条第7号

責務

国の責務

基本理念にのっとり、認知症施策を総合的・計画的に策定・実施

第4条

地方公共団体の責務

基本理念にのっとり、国との役割分担を踏まえ地域に応じた施策を策定・実施

第5条

国民の責務

認知症に関する正しい知識・理解を深め、共生社会実現に寄与する努力

第7条

事業者の責務

保健医療・福祉サービス提供者、生活基盤サービス提供事業者の責務

第8条、第9条

基本的施策

国民理解増進、バリアフリー化、社会参加、意思決定支援、保健医療福祉サービス整備、相談体制、研究推進、予防等

第14条~第25条

認知症の日等

認知症の日及び認知症月間の設定

第13条

この表は、認知症基本法が定める法的枠組みの核心を簡潔に示しており、本法の理解の基礎となる。

4. ビジョンの具現化:認知症施策推進基本計画

認知症基本法の理念を具体的な政策として展開するため、政府は「認知症施策推進基本計画」(以下、基本計画)を策定する。

4.1. 法的根拠と目的

基本計画は、認知症基本法第11条第1項に基づき策定が義務付けられており 4、同法の目的を達成するための政府のマスタープランとしての役割を担う。

4.2. 策定プロセス

基本計画の策定にあたっては、認知症の人及びその家族等により構成される関係者会議の意見を聴くことが規定されている 6。実際に、法の施行に先立ち、認知症の本人・家族、有識者の声を政策に反映するため「認知症と向き合う『幸齢社会』実現会議」が開催された 4

4.3. 閣議決定と計画期間

報道によれば、基本計画は2024年(令和6年)12月3日に閣議決定された 4。この閣議決定は、認知症基本法の施行(2024年1月)および2024年度介護保険制度改正の施行(2024年4月)の後となった。この時間差は、基本法の理念や計画策定に向けた準備作業が先行して2024年度の介護保険制度改正に影響を与え、基本計画がその後の長期的な戦略を正式に定める形となったことを示唆している。計画期間は、2029年度までの概ね5年間とされている 10

4.4. 基本計画の核心的考え方

基本計画は、認知症基本法の理念を継承し、特に「新しい認知症観」をその中心に据えている 7

  • 「新しい認知症観」の徹底:誰もが認知症になり得ることを前提に、一人ひとりが自分事として理解し、認知症になっても希望を持って自分らしく暮らせる社会を目指す 9
  • 当事者の声の尊重:認知症の人や家族等の意見を起点とし、施策の立案・実施・評価を行う 9
  • 主要な柱・アプローチ
  1. 「新しい認知症観」に立つ。
  2. 認知症を「自分ごと」として考える。
  3. 認知症の人等との参画・対話。
  4. 多様な主体の連携・協働 9
  • 12の基本的施策分野:国民の理解、バリアフリー、社会参加、意思決定支援・権利擁護、保健医療・福祉、相談体制、研究、予防、調査、多様な主体の連携、地方公共団体への支援、国際協力といった、基本法に示された12の分野で施策を推進する 6
  • 具体的な取り組み例
  • 共生社会の基盤である基本的人権尊重の理解推進 12
  • 認知症サポーター養成講座のテキスト見直しと活動推進 12
  • 診断後早期のピアサポート活動への接続支援 12
  • 介護事業所等での社会参加活動(利用者が謝礼等を受け取る仕組みを含む)の推進 12
  • 認知症バリアフリーの地域づくり、事業者向け指針策定 9
  • 若年性認知症の人等を含む就労支援 9

4.5. 地方公共団体の役割

都道府県及び市町村は、それぞれの地域の実情や当事者の意見を踏まえ、推進計画を策定する努力義務を負う 6。既存の介護保険事業計画等との一体的な策定など、柔軟な運用も想定されている 9

この法制度、基本計画、そして具体的な施策展開という段階的かつ相互に関連したアプローチは、政策の一貫性と実効性を高める上で重要である。認知症基本法が2024年1月に施行され、同年度の介護保険制度改正が4月から実施されたことは、法が定める理念を迅速に現場レベルのインセンティブへと転換しようとする意図の表れと言える。その後、2024年12月に閣議決定されたとされる基本計画は、これらの初期の動きを包括し、より長期的かつ広範な国家戦略として体系化する役割を果たす。

また、基本計画においても「予防」が基本的施策の一つとして位置づけられているが 9、これは「新しい認知症観」の文脈で再解釈される必要がある。かつての「認知症にならないようにする」といった予防キャンペーンが、結果として偏見を助長したとの反省 7 を踏まえ、基本法が目指す予防は、科学的知見に基づき本人が希望する場合に取り組むものであり、早期発見・早期対応を推進するものとされている 6。スティグマを生まないよう、「健康づくり」や「備え」といった、より包摂的な表現が望ましいとの指摘もある 7。この視点は、認知症になっても尊厳を持って共生できる社会を目指す基本法の全体像と整合する。

5. 認知症基本法の実践:2024年度介護保険制度改正への反映

2024年度の介護保険制度改正、特に介護報酬改定は、認知症基本法の理念を具体的なサービス提供体制へと落とし込む重要な一歩となった。

5.1. 2024年度介護保険制度改正の全体目標

今回の改正は、高齢者人口の増加と生産年齢人口の減少という構造的課題に対応するため、介護現場の生産性向上、介護人材の確保、そして要介護者を減らすための予防支援の強化などを目的としている 14。この中で、認知症への対応力強化は重点項目の一つとされた。

5.2. 認知症基本法との直接的関連

2024年度介護報酬改定では、「認知症対応力の向上」が明確なテーマとして掲げられ、これは2019年の認知症施策推進大綱及び新たに施行された認知症基本法を踏まえたものであるとされている 15。これにより、法制度から具体的な介護サービスへの政策的連続性が確保されている。

5.3. 認知症関連の主要な改定内容(加算)

認知症ケアの質向上と専門性の強化を目指し、主に以下の加算が新設または見直された 15

  • 新設:【認知症チームケア推進加算】
  • 対象:認知症対応型共同生活介護、介護老人福祉施設、地域密着型介護老人福祉施設、介護老人保健施設、介護医療院など。
  • 目的:認知症の行動・心理症状(BPSD)の未然予防や早期対応のため、多職種チームによるケアを評価する。
  • 要件:専門研修修了者の配置、チーム形成、BPSDの個別評価と計画的ケア、定期的なカンファレンスと計画見直し等。
  • 基本法との関連:質の高いサービス提供、専門性の向上、個別性を重視したケアの実践を促し、認知症の人の尊厳保持に資する。
  • 新設:訪問リハビリテーションにおける【認知症短期集中リハビリテーション実施加算】
  • 対象:医師が認知症と診断し、リハビリによる生活機能改善が見込まれる者。
  • 目的:退院・退所後または訪問開始から3ヶ月以内の集中的な認知症リハビリテーションの実施を評価する。
  • 基本法との関連:認知症の人の能力維持・向上、社会参加の促進、生活の質の向上に貢献し、希望を持って暮らせる社会の実現を支援する。
  • 見直し:訪問系サービスの【認知症専門ケア加算】
  • 変更点:算定対象者の拡大(日常生活自立度II以上の者を含む等)、専門研修修了者の配置基準見直し、認知症介護指導者研修修了者を配置し研修計画を策定する事業所を評価する上位区分(加算II)の新設。
  • 目的:在宅での専門的認知症ケアの提供体制を拡充し、より高度な専門性を有する事業所を評価する。
  • 基本法との関連:地域包括ケアシステムの推進、住み慣れた地域での生活継続支援、専門性の高いケアへのアクセス向上に寄与する。
  • 見直し:通所介護の【認知症加算】
  • 変更点:認知症利用者割合要件の緩和、専門研修修了者の配置義務化、事業所内での事例検討や技術指導会議の定期的開催。
  • 目的:通所介護事業所における認知症対応力を底上げし、職員の専門性向上を図る。
  • 基本法との関連:認知症の人の社会参加支援、適切なサービスの提供、介護従事者の資質向上を促進する。
  • 見直し:(看護)小規模多機能型居宅介護の【認知症加算】
  • 変更点:認知症介護指導者研修修了者の配置や研修計画等を要件とする、より手厚いケアを評価する上位区分(加算I、II)の新設。既存区分(現行の加算I・IIは加算III・IVへ移行し単位数引き下げ)。
  • 目的:地域密着型サービスにおける認知症ケアの質を一層高め、高度な専門性を有する事業所を評価する。
  • 基本法との関連:地域における多様なニーズへの対応、個別性を重視した包括的支援、専門性の高いケア提供体制の強化に貢献する。
  • 見直し:介護老人保健施設の【認知症短期集中リハビリテーション実施加算】
  • 変更点:退所後の生活環境を踏まえたリハビリ計画作成のため、入所者の居宅等を訪問することを評価する上位区分(加算I)の新設。既存区分(加算IIへ移行し単位数引き下げ)。
  • 目的:より個別性が高く、実生活に即したリハビリテーションの提供を促進する。
  • 基本法との関連:在宅復帰支援の強化、生活の継続性の重視、認知症の人の尊厳ある生活の実現に資する。

これらの介護報酬改定は、単なる微調整ではなく、認知症基本法の理念を介護現場に浸透させ、専門性の高いケアモデルの構築を促す戦略的な動きと捉えることができる。特に、認知症介護指導者研修をはじめとする専門研修の修了を要件とする加算の新設や上位区分の設定 15 は、介護職員のスキルアップとキャリアパス形成を後押しする。また、BPSDへの対応やチームケア、個別計画といった要素の重視は、画一的なケアから脱却し、一人ひとりの状態や意向に寄り添った、より質の高い、権利擁護に配慮した支援への転換を促すものである。

表2:2024年度介護保険制度における主要な認知症関連改定

サービス種類/対象領域

新設/改定された加算の名称

主要な特徴/要件

目的/基本法理念との関連

施設系サービス全般

【認知症チームケア推進加算】

専門研修修了者配置、BPSD予防・対応チーム形成、個別評価・ケア計画、定期カンファレンス

BPSDへの組織的対応力強化、ケアの質向上/基本法の「良質かつ適切なサービス提供」「尊厳保持」に合致

訪問リハビリテーション

【認知症短期集中リハビリテーション実施加算】

医師の指示に基づき、退院・退所後等3ヶ月以内の集中的リハビリ実施

認知症の人の生活機能改善支援/基本法の「能力発揮」「社会参加」「希望ある暮らし」を支援

訪問系サービス

【認知症専門ケア加算】

算定対象者拡大、専門研修修了者配置基準見直し、認知症介護指導者配置・研修計画等を評価する上位区分新設

在宅での専門的ケア提供拡大、事業所の専門性向上/基本法の「地域での安心な生活」「切れ目ないサービス」を推進

通所介護

【認知症加算】

認知症利用者割合要件緩和、専門研修修了者配置、事業所内での事例検討・技術指導会議の定期的開催

通所介護の認知症対応力向上、職員の専門性向上/基本法の「社会参加機会確保」「適切なサービス提供」を支援

(看護)小規模多機能型居宅介護

【認知症加算】

認知症介護指導者配置・研修計画等を評価する上位区分新設、既存区分は単位数見直し

地域密着型サービスの認知症ケア質向上、高度な専門性評価/基本法の「多様な主体の連携」「個別化された支援」を強化

介護老人保健施設

【認知症短期集中リハビリテーション実施加算】

退所後の生活環境把握のための居宅等訪問を評価する上位区分新設、既存区分は単位数見直し

実生活に即したリハビリ提供、在宅復帰支援強化/基本法の「自立した日常生活」「尊厳保持」に貢献

この表は、認知症基本法の理念が、介護保険制度という具体的な枠組みの中で、どのように運用・奨励されようとしているかを示している。

6. 結論:認知症の人々との共生社会実現に向けた前進と展望

認知症基本法の成立と、それに続く2024年度介護保険制度改正は、日本における認知症施策の新たな時代の幕開けを告げるものである。これらの動きは、認知症の人々が尊厳を保持し、希望を持って地域社会で暮らし続けることができる「共生社会」の実現に向けた重要な一歩と言える。

本報告書で繰り返し言及してきた「新しい認知症観」 7 は、法制度やシステム改革の根底にあるだけでなく、社会全体の文化変容を促す原動力となるべきものである。認知症を単なる「病気」や「能力低下」として捉えるのではなく、多様な生き方の一つとして認識し、認知症の人々が持つ可能性や意思を尊重する社会へと移行していくことが求められる。

これらの法整備や制度改正により、認知症の人の生活の質の向上、尊厳の保持、家族や介護者の負担軽減、介護人材の専門性向上、そして認知症の人のさらなる社会参加といった多岐にわたる効果が期待される。

しかし、共生社会の実現は平坦な道のりではない。以下のような課題への対応が今後の重要な焦点となる。

  • 実効性のある施策展開:法律や計画を、全国津々浦々、全てのサービス提供現場において、質の高い実践へと結びつけるための継続的な努力。
  • 人材育成と確保:専門的な知識と技術を持つ介護人材の安定的育成・確保、そして定着支援。
  • 国民の意識改革:「新しい認知症観」のさらなる浸透と、認知症に対する偏見や誤解の解消に向けた息の長い啓発活動 1
  • 評価と改善:基本計画の進捗や介護報酬改定の効果を、認知症の人や家族の声を反映させながら 9 定期的に検証し、必要に応じて見直しを行う柔軟な体制。
  • 財政的持続可能性:質の高いケア提供体制の構築と、介護保険制度の持続可能性との両立。
  • 地域差の是正:質の高い認知症ケアや支援サービスへのアクセスにおける地域間の格差解消。

認知症基本法及びそれに基づく基本計画は、共生社会実現のための羅針盤となる。しかし、その航海を成功に導くためには、国、地方公共団体、サービス提供事業者、地域住民、そして何よりも認知症の人自身とその家族といった、全ての関係者の持続的な努力と連携、そして実情に合わせた不断の適応が不可欠である。法の名称に冠された「推進」 2 という言葉が示す通り、これは終わりなき旅路なのである。

引用文献

  1. 共生社会の実現を推進するための認知症基本法 | e-Gov 法令検索, 5月 25, 2025にアクセス、 https://laws.e-gov.go.jp/law/505AC1000000065
  2. 「認知症基本法」ものがたり 〜その前編:涙の旅路から新たな時代 ..., 5月 25, 2025にアクセス、 https://www.ninchisho-forum.com/eyes/machinaga_262.html
  3. 認知症基本法の意義と今後への期待(栗田駿一郎) | 2024年 | 記事一覧 | 医学界新聞, 5月 25, 2025にアクセス、 https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2024/3547_04
  4. 福祉・介護認知症施策 - 厚生労働省, 5月 25, 2025にアクセス、 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html
  5. 2024年施行の認知症基本法とは?わかりやすく解説!押さえるべき要点をまとめて紹介, 5月 25, 2025にアクセス、 https://theotol.soudan-e65.com/basic/kihonhou
  6. www.mhlw.go.jp, 5月 25, 2025にアクセス、 https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001119099.pdf
  7. kouseikyoku.mhlw.go.jp, 5月 25, 2025にアクセス、 https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/tokaihokuriku/r6ninchisyo_tokaihokuriku2.pdf
  8. 認知症施策推進基本計画の論点と これからの認知症施策について - 地方厚生(支)局, 5月 25, 2025にアクセス、 https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/000381097.pdf
  9. 認知症施策推進基本計画の概要, 5月 25, 2025にアクセス、 https://www.mhlw.go.jp/content/001344088.pdf
  10. 【HGPI政策コラム】(No.50)―認知症プロジェクトより―「基本計画と『新しい認知症観』」, 5月 25, 2025にアクセス、 https://hgpi.org/lecture/column-50.html
  11. 「認知症施策推進基本計画」を閣議決定(内閣官房) | 社会保険労務士PSRネットワーク, 5月 25, 2025にアクセス、 https://www.psrn.jp/topics/detail.php?id=33693
  12. 認知症施策推進基本計画 - 厚生労働省, 5月 25, 2025にアクセス、 https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001347978.pdf
  13. www.cas.go.jp, 5月 25, 2025にアクセス、 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ninchisho_suishinhonbu/pdf/kihon_keikaku.pdf
  14. 老人福祉法と介護保険法の違いとは?2024年の改正内容もわかりやすく解説, 5月 25, 2025にアクセス、 https://cuc-hospice.com/rehope/magazine/5205/

【2024年度介護報酬改定5】認知症の行動・心理症状(BPSD)予防 ..., 5月 25, 2025にアクセス、 https://gemmed.ghc-j.com/?p=58933